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映画評:コクリコ坂から

作り手の熱がなければ、それは唯のお話しである

movie.walkerplus.com

尾崎豊さんを歌手デビューさせたソニーミュージックの担当者は、ノート一杯に歌詞を書いてオーディションに臨んだ彼の姿勢が良くて、
「ああこの人は何か言いたいことがあるんだろうなあ」
と思い、合格にしたと何かのインタビューで答えていたのを覚えている。
音楽的才能はどうあれ、若さとその情熱に賭けたというところだろうか?
下手な鉄砲打ちの音楽業界ならではのエピソードだとは思ったが、しかし、人に感動を与えようとする人間が、何も主張がないのは確かにどうだろう、とは思う。
勿論、一攫千金を狙い芸術家の道を進むものや、何か格好よさげじゃんとかいって冷かし半分でその道を進むものもいるだろう。
親も俳優だから自分も、というものもいれば、何をやってもダメだが歌だけは、という人もいるだろう。
結局受け手側の僕たちが、そういう人々の作品を観て、聞いて、どう思うかは、その人の熱とは関係がないものだと思う。
しかし、その熱を作品に添加できる人は、きっと優れた芸術家なのではないかと思うのである。

僕は、「どうしても描きたかった映画」という触れ込みがあまり好きではない。
それは、もし僕が映画人であれば、どうしても描きたいモノは山のようにあるだろうなあと思うし、そもそもそんなことを宣伝に使われると、恥ずかしくて顔が真っ赤になりそうだ。
もし自分が作った映画で本仮屋ユイカさんを水着にしなければいけないシーンがあったとして、「ただ彼女の水着が見たかっただけちゃうん」と勘ぐられたりすると、正直外も歩けなくなりそうだ。
まあ、僕は唯のサラリーなマンなのであまり気にしなくてもいいのだが、人に見せる物語である以上、そのような熱のある部分も隠して、物語を追求することが真の芸術家だとは思う。

映画「コクリコ坂から」を見て直ぐに、そんな作り手の熱の低さを感じた。
今さっき製作者の熱の部分は見せなくても良いとは言ったのだが、残念なことにこの映画にはアニメ映画を撮るという熱さえも感じられなかった。
アニメ映画を撮ることとはどういうことかを考える時、やはりアニメでしか描けないものを題材にすべきだとは思う 。
たぶん基本的な考えだとは思うが、綺麗な絵や構図ならば、実物の風景を収めたものの方が、圧倒的に素晴らしい。
そういう意味で、見終わった瞬間に、この映画はアニメでなくてもよかったのでは?と思った。

では内容はというと、舞台は1960年代くらいの横浜で、全共闘の色合いが濃い高校の文化棟の取り壊しに反対する学生たちの群像映画で、原作は確か少女漫画だと記憶しているのだが、イメージする少女漫画らしい恋愛が盛り込まれている。
若いころの薬師丸ひろ子さん辺りが演じるとハマリそうな感じの内容だった。
くしくも先日、東京大学教養学部学生自治会が、全学連と都学連(東京都学生自治会連合)から脱退することを代議員大会で決定したとの報道を見たばっかりだったので、何か最近学生運動ずいているなあ、と思ったのだが、しかし、この内容をアニメを観る世代の子達にこの話しが分かるのかしらんと、いらぬ心配をしてしまった。
僕くらいの中途半端な年齢だと、内容もほぼ分かるので、なるほど物語は面白い。
しかし辛辣に言うと、この映画は、どうしてもアニメにしたい、もっと言うと映画にしたいという熱が感じられない。
たぶん、それは宮崎駿作品との比較から感じるものなのかもしれない。

僕は宮崎アニメのファンである。
未来少年コナン」からのファンで、「風の谷のナウシカ」は今でも年に1回くらいは観てしまう映画である。
宮崎駿さんの物語には、アニメでしか表現できないだろうなあと思う場面が方々で散りばめられており、また、同時に映像の中に鮮明なメッセージが盛り込まれている事が多い。
それはどうしても映画にしたいという監督の強い情熱を観る側に感じさせ、物語をより深く、味わい深い物にしている。
それは多分技術から来るものだけではなく、小さな子供が一生懸命に自分の作った世界観を説明している姿に似ている。
何故太陽を青に塗ったのか。何故、お母さんの絵をお父さんより大きくしたのか。
その意味を物語の端々に込める。
その一生懸命さがあるから宮崎アニメの世界観に引き込まれ、僕たちは深く感動をする。

作り手の熱がなければ、それは唯のお話しである。
映画も小説も、歌も踊りも、選んだ表現方法を十分に活用することで、一つの優れた作品に仕上がる。
しかしそれ以上のものを導き出すのは、どうしても表現したいという作り手の気持ちで、結局はそういった熱を栄養に物語は大きく成長するのである。
考えてみればこの映画は優れた作品なのかもしれないが、どうしてもその前にある偉大な作品群と比較して、見劣りを感じてしまう。
比較されるものが大きすぎて可哀想だなあとは思うが、父の業績を継ぐ子の宿命なのかもしれない。

熱を持ち、それを表現するからこそ、その物語は光を放ち、物語そのものに個性が生まれ、唯のお話は名作になりうる。
熱を持つことが出来るということが、物を作る人にとって、一番必要な才能なのかもしれない。

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