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映画評:ステキな金縛り

裁判という舞台が持つ特有の苦味がなくなり、コミカルな人間模様の場にすり替わっていく面白さがあった

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裁判の一般傍聴が一時期流行っていたようで、そういう文庫本がよく出ていた。
インターネットでも裁判の傍聴記録を刻々とやっており、ああ、世の中にはこんなものに興味のある人もいるんだなあ、と思っていた。
僕の持つ裁判のイメージは、ドロドロと口の中で広がる鉛の味のように、嫌な感触と、鈍色の世界があるだけだと思っていた。
僕は個人的には、犯罪は社会の具現化だと思っている。
社会がどこか捻じ曲がっているから、捻じ曲がった犯罪が起きるのであって、だからこそ僕たちはその犯罪が何故起きたのかを知る必要があるのだろう。
しかし、そんな重いテーマを多くの人が知りたいとは、到底思えなかったのである。

僕が裁判傍聴に興味をもったのは、山口市の母子殺害事件がきっかけだった。
事件が起きて犯罪に及んだ少年被告の残忍さと、その厚顔無恥な態度に怒りを禁じ得ず、また、その裁判の弁護団の発言にも違和感を覚えて興味を持ったのだが、裁判というのは人間の業の深さや、人間性、ひいては道徳観、倫理観が丸裸にされているようで、直視することができなかった。
裁判員裁判制度がスタートして久しいが、智に働けば角が立ち、情に棹させば流される世の中である。
自分がその任に当たるとき、本当に正しい判断などができるのだろうか?と思うと、その重責に毛髪が抜け落ちてしまいそうである。

などと思って、裁判傍聴の記録の本を手に取ると、裁判の際の裁判官の一言集みたいなもので、読んでて裁判官とはどうして言葉を選ばなければいけない職業なんだと、また、世間で言うところの乖離した社会でもないのではないかという気になった。
耐震偽装で世間を騒がせた建築士には、いい加減にしなさいと説教をしたり、重犯罪の少年に対し、さだまさしの「償い」と言う歌を持ち出したりと、実に人間味がある。
タイトルを見ると「裁判官の爆笑お言葉集」(幻冬舎新書)とあり、どうりでなあとは思った。

映画のブログなので裁判映画のことを書くと、「12人の怒れる日本人」という秀作がある。
もとはハリウッド映画のリメイクだが、当然だが内容は日本風にアレンジされている。
櫻の園」などの中原俊監督の映画で、脚本は今や監督である三谷幸喜さんが手がけ、若かりし豊川悦司さんも陪審員役で出ている。
裁判という難しい題材でありながら、この映画では陪審員の人間性に脚光を浴びさせ、その人間たちが持つ個々の感情や細緻に及ぶ設定によって、1級のサスペンスであり、人間ドラマに仕上がっている。
個人的にはこの映画は、日本映画の物語の中でも十本の指に入れたいくらい良く出来た話しで、法廷という狭い舞台だけで、ここまで話を作っていくのは、素晴らしいの一言に尽きる。
この映画はある一級の刑事事件を、12人の陪審員が裁くストーリーだが、今の日本の裁判員裁判とは違いはあれ、未来を予期したかのような映画でもある。

三谷幸喜監督の映画「ステキな金縛り」を観た時に、同時に「12人の怒れる日本人」を思い出したのは僕だけではなかろう。
物語はある殺人事件の裁判に、落ち武者の霊を重要参考人にしようとする所から始まる。
当然ながら、そんな証人は誰も信じやしないのだが、法廷の場で少しづつ幽霊の存在を証明していき、やがて事件の真犯人の追求にまでつながっていく。
そこに関わる人々が個性的で、また細緻に及ぶ物語を進めるための設定の前に、物語は小気味よく進み、時間さえ感じさせない。
コメディなので、サスペンスのようなハラハラ感や、ほつれた糸がほぐれていくような展開はなかったが、本来あるはずの裁判という舞台が持つ特有の苦味がなくなり、コミカルな人間模様の場にすり替わっていく面白さがあった。
これこそが三谷脚本の真骨頂と言えるのではないだろうか。

裁判という重いテーマにこそ、人間性が如実に現れるし、また、その責任感のある仕事に対し、ある種の緊張が生まれる。
しかし同時に、重いテーマだからこそドラマが生まれるし、緊張があるから笑いが生まれる。
不謹慎だが、葬式で皆が真剣な表情をしているのを見ると、なぜだか笑いが止まらなくなるのと同じ心理である。
良くも悪くも、まだまだ日本は平和である。

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