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僕はこんなことを考えている はてな出張版

運営しているエッセイサイトのはてな出張版です。軽い読み物なのでお茶請け程度にいかがでしょうか?

映画評:オーケストラ!

政治の圧力の前に音楽を奪われ 音楽と共に死んでいく

movie.walkerplus.com

高校生の時に友達に勧められてエレキギターを購入した。
2万円くらいのストラトで、ディープパープルのギタリスト、リッチー・ブラックモアと同じ色のギターだった。
友達はバンドを組みたかったらしく、毎日のようにギターの練習に誘われはしたのだが、僕は何かと理由を付けて断るようにしていた。
何となく押し付けがましく感じたからである。
僕は学生時代は、どちらかというと文科系の人間ではあったが、サッカーや野球を若年時代にやっていたこともあってか、音楽を演奏するという行為自体に慣れていなくて、また格好悪くも感じていた。
世の中はバンドブームと言われる時代で、それこそ猫も杓子も演奏をしていたにもかかわらず、僕は何となくその流れを冷ややかに見ていた。
でも音楽は本当に好きで、自分の好きな音楽をまめに編集しては、カセットテープに録音して、毎日の様ようにソニーウォークマンで聞いていた。

それでもたまには友達の家に顔を出して、何度か一緒に練習はしたのだが、結局バンドを組まなかった。
理由は練習曲の「グロリア」という曲で、下手だからソロパートをやらせてもらえなかったからと言っていたが、本当の理由は、バンドで演奏することが恥ずかしかったからである。
人様の前で話すのも苦手なのに、演奏などはもってのほかだったのだ。
だけど僕は以降ギターを捨てることなく、思い出しては練習をし、しばらくしたら飽きてを繰り返してきた。
たぶん音楽への憧れは持っていたのだろう。

すっかり40前のおっさんになって、さすがにギターでモテたいという気持ちはないのだが、変な言い方だが、最近になって、やっとギターを弾くことに慣れてきた。
特に最近買ったエレアコで弾き語り何かをすると、気分が良い時がある。
いつか自身で曲を作って、深夜の終電終わりの駅で歌でも歌いたいなあ、なんてことも思うのだが、勇気が出るのは今世紀中には無理そうである。

よく音楽をやる人同士は、たとえ初対面でも、その演奏を通じて会話をすることがよくあるそうだ。
60年代にサイケブームで登場した「クリーム」というエリッククラプトンも参加したバンドなんかは、バンドの仲は悪いのだが、演奏をすると互いが研ぎ澄まされた感覚で演奏をし、その熱故に、逆にソロパートが長すぎて、ライブ音源などは、いつ曲が終わるのかと思ったりする。
たぶんギターの演奏の中で、喧嘩をしていたのかもしれない。
しかし、当然ながら演奏の高みに至るには、努力と才能が必要なのは言うまでもない。
バンドはその才能を持ち寄って、ひとつの奇跡を作り上げる。
これこそが、人間が音楽を演奏する理由なのかもしれない。

映画「オーケストラ!」は、まさしくこの才能によって、政治によって止められた時間を再び取り戻す、元天才指揮者の物語である。
チャイコフスキーに魅入られたソリストは、政治の圧力の前に音楽を奪われ、音楽と共に死んでいく。
天才指揮者はその事を悔い、後悔の中で必死に大舞台でのオーケストラでの演奏を成功させようと奔走する。
映画はクライマックスとなる、チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲の演奏までをコミカルに描き、ラストのパリの大舞台での演奏では、音楽の力で失われた時間と音楽を取り戻す。
圧巻は主演女優のメラニー・ロランバイオリンのソロ演奏で、美しさも兼ね備えたこの女優を、誰もが羨望の眼差しで見ていたことだろう。

この映画は矛盾点も多く、見ていて違和感を覚える部分が多分にある。
いささかご都合主義的な部分も見え隠れする。
しかし、ラストのオーケストラの演奏は、美しく、力があり、ぐっと引き込まれてしまう。
映画を観て音楽の力を思い知らされた。

zatta.sub.jp