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僕はこんなことを考えている はてな出張版

運営しているエッセイサイトのはてな出張版です。軽い読み物なのでお茶請け程度にいかがでしょうか?

映画評:ちはやふる 上の句/下の句

映画評 若さ爆発🌋青春映画

movie.walkerplus.com

小倉百人一首

僕が小学生の頃、つまり今から四半世紀前の話になるのだが、クラスにずいぶんと頭の良い女の子がいた。
算数が得意で、テストの点はいつも満点で、家も噂ではそこそこの上流階級。
僕が生まれた新大阪駅周辺に、当時そんないいとこの子がいたかは知らないが、僕の記憶のその女の子は、寡黙で真面目で、とにかくきちんとした子だった印象だったことを覚えている。
今思えば公立の新設校に何故そんな優秀な子がいたのだろうかと不思議ではあるのだが、今のように私立が公立より良いイメージでは無かった頃なので、当時は何人かはそういった優秀な子がいたように思う。
大抵そういった子は、中学校になると、僕ら市井の子どもたちとは異なる、優秀そうな私立に通うことになるので、記憶からは消えてしまっているのだが、その子の印象はなぜか記憶に残っている。
もう名前も忘れてしまった、ただの僕とはずいぶん毛色の違う同級生の女の子なのだが、なぜ僕の記憶に残っているのかと言うと、その子が一度だけ大活躍をした時があったからだ。

ある日百人一首を覚えよう的なイベントを先生が企画して、上の句を先生が言って下の句を生徒が言う的なことをやっていた時に、その女の子が驚異的な記憶を披露する。
何せどんな句であろうと全てそらんじられるのだから、国旗をすべて言える子なんか目ではない。
後で聞くと、彼女は百人一首のかるたの選手権みたいなものに出ているということで、当時は「なんじゃその選手権、おもろいんか」と不思議がり、そのあまりの世界の違いに逆に野球のことしか頭にない僕の空っぽの脳みそにも記憶されたわけである。
当時は「かしこの女のやることは分からん」と思ったものだが、そういった鍛錬があるから、僕とは違う優秀な脳が形成されたのだろう。
きっと彼女は良い大学に行き、幸せな人生を歩んでいるのだと思う。

僕にとってはそんな思い出を想起させる百人一首の世界なのだが、そもそも百人一首とは何なのだろうか?
一般的に百人一首と呼ばれるものは、「小倉百人一首」で、学校でも習ったと思うが鎌倉時代の人で、藤原定家という人が編纂した和歌集を差す。
小倉とは、定家が京都嵯峨の小倉山の別荘で襖に和歌を書き写したことから、このように呼ばれているそうで、要は音楽好きのロマンティック兄ちゃんがマイベストソング的なCDを作ったようなものである。
ちょっと違うのは、「勅撰和歌集」という天皇の命を受けて編纂されたものが主体で、「古今集」や「拾遺集」などからつまんでいるらしい。
そういう意味では、ロマンティックな兄ちゃんではなく、音楽に詳しいDJ.KAORI的な人が創ったバラード集みたいなものかもしれない。

さてこの百人一首だがその多くは恋の歌で構成されている。
まあ、この辺は恋に遊びに興じた平安貴族の真骨頂なのかもしれないが、その選出された男女比も男性が79人で女性が21人だというから、昔も今もロマンティストは男性が多いのかもしれない。
百人一首の恋の歌は、およそ現代の感覚に近いものも多く、また藤原定家という人自体が優れた歌人だったこともあってか、古さの中に共通するものを見つけることができる。
例えば、以前に「風立ちぬ」の映画評でも書いたのだが、こんな句がある。

君がため 惜しからざりし 命さへ 長くもがなと 思ひけるかな

                                                                                --藤原義孝---

この句は恋する人に会えるのならばこの命もいらないと思ったが、こうして会うことができると、長く生きて一緒にいたいと思うようになるという、なんとも乙女ティックな内容である。
青臭いのだが、恋の歌としては抜群の「キャ-素敵」感がある。
女子は山田涼介くんにでも言われたいものである。

君がため 春野に出でて 若菜つむ わが衣手に 雪は降りつつ

                                                                             --光考天皇--

この句はそのまんま、君を思って春の野で若菜を積んでいる僕の袖に雪が降ってきていますよという、なんだか愛らしい、ピュアな感じの唄である。
いやらしい気持ちでキャバ嬢に花束を買っていくどこぞの部長さんとは大違いの、大人のあどけなさを感じてしまう。
頑張る人を応援したくなる母性をくすぐる感じがしないですかね?

こういった歌が収められている百人一首だが、景色や情景を歌うものも多い。
さすがに四季がある日本ならではなのだが、特に秋を歌うものが多いそうだ。
特に歌の中にそれだけ情景を盛り込めるかが醍醐味なので、その表現も美しい。

春すぎて 夏来にけらし 白妙の 衣ほすてふ 天の香具山

                                                                              --持統天皇--

有名な句なので訳は不要かもしれないが、春から夏になって天の香具山に翻る白い衣が浮かんでくる歌である。
テンポが良いので、覚えの悪い僕でもこの歌を覚えている。

花の色は うつりにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに

                                                                                                        --小野小町--

これも有名な小野小町のちょい自慢の唄である。花の色のように美しかった自分もいつかは色あせてしまうのね。
およよ的な歌である。

千早(ちはや)ぶる 神代(かみよ)もきかず 龍田川 からくれなゐに 水くくるとは                                                                                              --在原業平--

最期に本題の映画にある「ちはやぶる」である。
映画ちはやふるの中でもこの独特の表現について触れている。
千早ぶるとは神代の神にかかる枕詞だそうで、「いち(勢いのある状態)」「はや(俊敏に)」「ぶる(ふるまう)」を略した言葉だそうだ。
意味は本編の上白石萌音さんのセリフで確認してみてください。

今回百人一首について触れたが、映画はカルタ競技に青春をぶつける男女の青春物である。
原作が漫画というのでやや驚いたのだが(面白いのか?と思い)、なかなか文化部的な良い仕上がりになっている。
青春物は得てしてヒロインの魅力に引っ張られがちな内容なのだが、着眼点も楽しくなかなか奥の深さも感じる娯楽作品でした。
何よりも百人一首という、ここ数年聞かなかったものに触れることができたことが楽しかった。
青春とはかくも遠くになりにけるではあるが、何かに熱中する姿を観るのはやはり良いものである。

 

古いエッセイの中には青春がいっぱい。

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