読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

僕はこんなことを考えている はてな出張版

運営しているエッセイサイトのはてな出張版です。軽い読み物なのでお茶請け程度にいかがでしょうか?

映画評:モールス

異形の者、生きる世界の違う子を愛する愛の物語

movie.walkerplus.com

西洋の怪物と言えば、フランケンシュタイン・狼男・ドラキュラが思い浮かぶ。
藤子不二雄の漫画「怪物くん」の影響で、この3大怪物が怪物ランドのプリンス、怪物くんの従者として出てくるので、何となく記憶にある世代もあるのではないかと思う。
当然ではあるが、実際の3怪物は漫画の世界のような愛らしい従者ではなく、人々を襲う恐怖に満ちた存在なのだが、当然ながら、社会の負や闇の部分を抱え、勿論語尾に「ざます」も「がんす」を付けて話すことなどしない。
怪物とは多くの場合、その当時の人々が、社会のある姿に対する反発と何となくある不安みたいなものを栄養に、話が作られ、人々の畏れを吸って大きく膨れ上がっていく。
そして作られた恐怖は伝播し、少しずつ話の肉付けがなされ、ある日一つの体系として出された出版物として人々の目に触れることで、固定化し、偶像化する。
そうして偶像化されたイメージは、その後多くの演劇や映画の題材として用いられることで円熟していく。
近年でもロバート・デ・ニーロが演じた「フランケンシュタイン」や、ジャック・ニコルソンが演じた「ウルフ」など、映画で用いられたことも記憶に新しく、数百年を経て出来上がった怪物のキャラクターは、時代を超えて普遍的な恐怖みたいなものを内包しているのである。

時代を超えた恐怖というものは、人間が根源的な恐怖の質が変わっていないことを表しているのかもしれない。
例えば狼男は満月の日に人狼化するという設定が、何だか現代社会の圧迫された人の残虐性などを表しているようでぞっとする。
フランケンシュタインは人を造るという神の行為に近づこうとした科学者が、怪物を作り出してしまったという進んだ科学への警鐘を感じる。
いく年も時代を超えてきた怪物は、どの社会にも通じる恐怖なので、ただ対象を新しいものにすれば良い、というわけでもなくキャラクターを活かす独自の設定、つまりその時代の個性は必要なので、当然のように物語もそれなりに深いものがあったりするわけだ。
そこに脚本の妙があり、技術があるのである。
しかしドラキュラが出る物語だけは僕の勝手なイメージかもしれないが、何となく漫画的で、狼男やフランケンのような、深みのある恐怖のようなものを感じない。
例えて言うなら、バットマンに出てくるジョーカーのような、悲哀と内面から滲み出る恐怖みたいなものを感じ取ることができないのは僕だけだろうか。
そもそも、太陽に弱いだの、銀の武器しか傷を付けられないだの、杭で心臓を付くだの、何かと注文が多い気がする。
血を吸うために首筋に噛み付くという設定も、よくよく考えたらそんな怖くはない。
しかも噛まれた本人は性的欲求を得られるという設定もあるそうで、このくだりは「男の胸毛を見たらやりたくなる女」が出てくるB級ポルノの設定と変わらない気がする。
勿論、狼男もフランケンにも、それなりに面倒な設定があるようだが、ここまでうるさくは無い。
しかし、このキャラクターの設定こそがドラキュラの人気なのか、最近アメリカでは大変なブームになっているらしく、どうやらドラキュラがクールだそうだ。
普通は設定が多ければ多いほど理解が難しくなるのだが、最近はキャラクター設定も難しいものの方が受け入れられやすいようで、この傾向は、社会に浸透したゲームとアニメと、最新機器の影響によるものが大きいと思う。
確かにオタク心理としては、難しいものを理解してからこそ分かる世界観が、とても心地いいのはわかるのだが、設定に囲まれすぎると物語が必然的に浅くなるので、映画の世界ではドラキュラものは大抵はつまらないし、見終わったあとも特に感想も話の内容も残らないものが多い。

映画「モールス」は、端的に言うとドラキュラものである。
しかし、漫画的で内容が浅い(と僕が勝手に思う)ドラキュラ映画を、少し角度を変えて、幼い恋の物語として描かれている、稀有な怪物者に仕上がっている。
異形の者として生まれた悲しみや、痛みを抱えながら生きる少女の愛らしさと、怪物である姿とのギャップに、少し戸惑いを感じる。ホラーとしてではなく普通の物語として映画を観ると、物語を占めているものは、誰もが通ってきた淡い恋心であることに気づく。
「もしも好きになった子がモンスターだったら」と言う映画の問いかけは、そのまま

「もしも好きな子が大病を煩い余命幾ばくだったら」であったり、

「もしも好きな子が封建制度の厳しい国で卑しい身分の子だったら」、

に当てはめても良いだろう。

異形の者、生きる世界の違う子を愛する愛の物語として見ると、たまらなく切なく、悲しいほど純粋である。

この映画が持つ感情は、大人になった僕たちがもう何年も前に失ったものなのかもしれない。

 

ホラーよりホラが好きです。そんなエッセイをどうぞ。

zatta.sub.jp