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僕はこんなことを考えている はてな出張版

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映画評:ヘイトフル・エイト

映画評 はらはら💓サスペンス映画

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通常であれば違和感のある配役だが、この辺もタランティーノらしい

推理小説で、何らかの事情で寸断された状態になった洋館などで、殺人事件が起きてしまい、そこに居合わせた探偵が事件を解決する、みたいなものをよく見かける。
こういった話の展開を「雪の山荘もの」というそうだ。
要は雪で取り残された設定で密室を作り出し、狭い空間の中で展開されることで、犯人が限定されることで別の緊迫感を生むという趣旨の設定なのだと思うのだが、言葉があるくらいだから、推理小説の中ではまずまずのあるあるネタなのだろう。
よくある設定とは言え、前ふりや伏線のようなものが方々に張り巡らされているので、
読む側にとってはなかなかの読み応えがあるのやもしれない。

僕は推理小説はほとんど読まないのであまり詳しくはないのだが、ドラマは結構好きだった。
それこそ金田一耕助シリーズなんかは、大好きだったし、ピーター・フォーク演じる刑事コロンボというアメリカのドラマシリーズがあって、この2時間のドラマをかぶりついて見ていた。
子ども心に何が面白かったのかというと、この刑事コロンボのシリーズの大部分が倒叙法で描かれており、まず殺人事件を犯すシーンを見せ、その犯人をコロンボが追い詰めていくわかりやすさが面白かった。
見る側は犯人が分かっており、その犯人にコロンボがあの手この手で少しずつ迫っていく姿に醍醐味があり、そこに信ぴょう性があればあるほど、コロンボの頭脳明晰さにしびれたりする。
見る側は答えが分かっているので、悪い奴には劇中で「ああこいつ悪いやっちゃな」とコロンボの見方をしたり、逆にやむを得ず犯行に及ぶ犯人の場合は、コロンボ許したれやの気持ちで見たりして、感情の移入もしやすい。
まさにドリフの「志村後ろ後ろ」状態である。
なかなかよくできたドラマだったと振り返って思うのだが、逆に欠点もある。
犯人に近づくアプローチがこじつけだと、逆に冷めてしまったりする。
コロンボの中にもそういった類のものが無くはないのだが、人物像を固めてしまっているので、多少の強引さは押し込めるところが、このドラマの持つ強さだったと思う。

雪の山荘ものは、犯人がこの中に必ずいるという予定調和としての楽しみがあり、それを解決していく手法にこそ物語の光があるのだが、同時にキャラクタライズされた登場人物をちゃんと描くことで、その楽しさをより高めることができる。
例えば、僕が日本映画の傑作のひとつではないかと思っている映画に、「12人の優しい日本人」という、若かりし中原俊監督・三谷幸喜脚本の裁判ものがあるのだが、2時間の尺の中で、陪審員演じる人々が実に個性的で、揺れ動く感情とキャラクターが随所に描かれることで、こんなにも面白くなるんだと思わせてくれる。
場面が変わらない分だけ、人間的魅力をどれだけ描けるかで物語の質が変わってくるのだが、どんな表現者でも、表現するものの姿を見る側に伝えることはとても大切で、何かわからないものに人は感動も、感情移入もしない。
そこには必ず共感や理解があって、結局はこういった表現が上手い映画は、観ていても楽しいし飽きないのだなあと思うわけである。

というわけで今回の映画は、後半から雪の山荘ものに代わる西部劇「ヘイトフル・エイト」である。
舞台は西部開拓時代のアメリカで、バウンティハンター(賞金稼ぎ)がならず者をとらえて、それを金に換える道中から始まる。
物語に出てくる場面は、雪道と山荘だけである。
タランティーノ監督らしい演出で、物語の核を成す人物が、主人公たちの会話で登場し、人物像が膨らんでいく。
物語は摂動の馬車の中という世界で展開されるため、少しの謎を含みながら話しは進み、やがて一行はミニーの洋服店という山荘にたどり着く。
山荘では顔なじみの店主がおらず、不穏なメキシコ人が店主に店を任されたと言って、店番をする。
そこに疑問を持つ賞金稼ぎ。
そしてなにやらいわくありげな店の客たち。
キャラクターも癖があり、それがかえって物語に色を添える。

本編を見ればわかるが、物語の中核を成す賞金稼ぎに黒人を配し、ならず者に女性を配している。
通常であれば違和感のある配役だが、この辺もタランティーノらしい演出で、この違和感のあるキャラクターが物語中に大きな意味を持っていたりもする。
彼の映画は会話が長いシーンが多いため、よく無駄が多いと評する人も多いのだが、映画を楽しむだけの無責任な意見を言えば、その無駄さこそが重要なのだと思う。
話しをするということはその人間のキャラクターを映し出す。
キャラクターを知ることで、より物語を身近に感じ、楽しむことができるようになるのである。
雪の山荘ものはキャラクターこそが重要で、キャラクターに重点を置くからこそ、物語を飽きずに楽しむことができるのである。

タランティーノは本作で8作目となり、10作目を取れば引退すると言っているそうだ。
これだけの娯楽映画を作れる監督が、その力を残しながら引退するのは悔やまれてしまうが、それもまたキャラクター作りの上手な彼らしい、自分自身を演出した結果生まれた一つのキャラクターなのかもしれない。

 

良い作品に巡り合うと、思いが生まれます。そんなエッセイをどうぞ。

zatta.sub.jp