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映画評:未来を写した子どもたち(再掲載)

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副題:この世界は今あなたが見ている世界だけではないのですよ

琵琶湖から緩やかに南流し、瀬田川宇治川、淀川と名前を変え大阪湾に流れ込む。
大阪平野を縦横に流れる淀川水系は、大阪の人にとってはなくてはならない川である。
その淀川の本流の、キタと呼ばれる梅田や曽根崎などの繁華街を川向こうの対岸に見る、十三という街で僕は生まれ育った。
この街は、何かと雑多な街で、いくつもの商店街には、古くからの市場や商店が軒を連らね、
今は面影はないが、昔には夜の歓楽街も併設し、国道から淀川の河川敷周辺には、予備校やラブホテル街がある。
まさにお年寄りから学生までがこの街では生活している。
大阪有数の進学校もこの街にある。

子供の頃、十三の歓楽街で働いていた女性を母親に持つ友達がいた。
そいつのオヤジは家にはあまり帰ってこなかったので、よくそいつの家に入り浸っては、漫画を読んだり、
テレビを見たりとくだらないことをして時間を潰していた。
何人かでいると法的によくないこともした。
僕の家は放任主義で、夜遅くに帰っても咎めもなく、また普段から学校での態度や成績もそれなりの普通の子供だったので、周りに注意されることなく、毎日を過ごしていた。

ある日、近所に住むそいつのおばあちゃんの家から金が盗まれた。
その犯人をどうも僕だと言ったようで(さしづめ、犯人はそいつだろうが)、丁度、そいつの弟を、喧嘩で顔の形が変わるほど殴った翌日だったものだから、
そいつのオヤジが家に乗り込んできた。
オヤジはヤクザだと聞いていたので、ビビリにビビッたが、オカンが話に応じて、特に何事も無く終わった。
オカンからは「お父さんがおったら、たぶんえらい事になってたで」と皮肉を言われたが、その皮肉にむかついてというわけでもなく、僕はその日からそいつと遊ぶのを辞めた。
ヤクザが怖かったからでも、金が無くなった罪をなすりつけられたからでもなく、つまらん奴とは付き合わないでおこう、と思ったからである。
何だかその瞬間に、今までやっていたこと全てが、生活が、つまらなく感じてしまったのだ。
同時に、この街に生まれたことを、不幸だと思った。
どうしてそう思ったのかはわからないが、その時は強くそう感じた。

生まれた環境に人は左右される。
しかし、環境で全てが決まるわけではない。
僕は何故か自分の生まれた街を思うとき、この言葉を強く思う。
そして今でも生まれた街が苦手だ。街の変わらぬ風景を見ると、まるで暖かい泥の中でもがいて、一生その中で這いずりまわっているような、
そんな感覚が思い起こされるからだ。

映画「未来を写した子供たち」は、とても切ない。
内容はインドの売春窟に生まれた子供たちが、この環境から抜け出すための手助けを、イギリスの写真家が、
子供たちにカメラで写真を取らせることで導き出そうとする、ドキュメンタリーだ。
ドキュメンタリーは、ともすれば、ある日常の一部分を切り取って、さもそれが全体であるかのような捉え方をし、
作為的なものが多くあるのだが、この映画は多くの年月を重ね、ただ子供たちの成長にスポットを当て描かれている。
貧困や、政治の話しだけではなく、ただ、売春窟での現実を映像に載せて、社会に問いかけている。
映像は問いかける。
「この世界は今あなたが見ている世界だけではないのですよ。」

僕は子供の時に感じた、街を抜け出したい気持ちを少しだけ思い起こし、しかし全ての人が同じようにそう思うわけでもなく、
現状に満足してしまう子供が出てしまうことに、得も言われぬ切なさを感じた。

 

 

良い映画は心を育みます。そんなエッセイを書けたらなあと思っています。

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