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映画評:「阪急電車 片道15分の奇跡」 駅の風景に混ざり込んだ、学生だった頃のどうでもよい色んな出来事を思い出す

阪急電車 片道15分の奇跡の画像

阪急電車は大阪梅田と神戸・宝塚・京都河原町を結ぶ関西の大手私鉄沿線である。
僕は大阪市豊中市の境くらいに生まれたので、この阪急電車にはよくお世話になった。
電車というものは不思議なもので、断片的に記憶する思い出の切れ端に、電車から見た風景や景色をなんとなく覚えているもので、また逆に電車や駅を見たときに、その時に感じた思いなどが一瞬で思い返されたりすることがある。
例えば初めてオヤジに連れられて見に行った映画の、梅田駅に向かう電車の混雑であったり、待ち合わせの三宮駅の改札で、僕を見つけてうれしそうに駆けてくる当時好きだった女の子の、屈託の無い笑顔の向こうに見える駅前の雑踏など、不思議と駅や電車から見える風景などをリアルに思い出す。
そしてその思い出が、その駅や場所の記憶として残り、あるいはイメージとしてポスターのように、脳の海馬のような所に張り付いてしまう。
月日が過ぎれば剥がれて無くなってしまうのだろうけど、電車や駅の風景は、そんなセンチメンタリズムをどこか伴っている気がする。

僕が高校生の時に利用していた宝塚沿線の豊中駅から三国駅の間では、豊中から順を追って大阪市内に近づくにつれ、見た目がいかつい感じの学生が入ってくるので、車内の雰囲気も少しだけガラが悪くなってくる。
一度高校の友達が、曽根駅から入ってきた学生を見て、「ガラの悪そうなのが入ってきたで」と僕に言うので見ると、リーゼントで身長が180センチくらいの
いかにもという長ランを来た男が車両の端にいて、そいつが中学の時の同級生だったりして、気まずい思いをしたことがあった。
高校に行ってからほとんど合わなかったので、彼の変貌ぶりに驚き、また、高校の友達にそいつと友達であることがわかるのが何故か嫌だったので、気付かれないようにわざと目を合わせないようにした。
後になって、自分のやったことが最低な気がして、少し落ち込んだりした。

或日、ウォークマンで音楽を聴きながら、三国駅のホームに降り立ったとき、ふとこの風景をいつか思い出すのだろうか、と思ったことがあった。
特に、何かあったわけでもないのだが、急にそんなことを思った。
その時の複雑な感情は、今でもたまに思い出すことがある。
センチメンタリズムは突然にやってきて、そして何だかもったいぶったように僕の前に現れるのだが、特に何もなく、気持ちの悪い感情の起伏だけを置いて、消え去っていく。
それは駅のフォームのベンチに腰掛けている時や、晴天の景色の中の窓外の街並みを見ている時だったりする。
僕はそういった駅の風景に混ざり込んだ、学生だった頃のどうでもよい色んな出来事を思い出すことができるし、その時の感情も思い出すことができる。

映画「阪急電車」は宝塚から西宮北口までを結ぶ今津線の出来事を、色々な人々の思いと一緒に描かれている、群像劇である。
切り取られた日常を、電車にまつわる人との出会いで、一つ一つの出来事を紡いでいく映像は、駅や電車にあるセンチメンタリズムを感じる。
僕は普段仕事では電車に乗らないので、阪急電車以外の路線に乗ったことがそれほど多くはないので、実際の所はわからないが,阪急電車には、群像劇になりうる、そんな人の思いを置いていくような雰囲気を持っているのかもしれない。

ちなみに映画の中で戸田恵梨香さんが関西弁がとてもお上手でした。関西の方ですかね?
関西弁のイントネーションがおかしな映画は沢山あるけど、出演者の誰一人違和感がありませんでした。
敢えて言うなら中谷美紀さんが少し怪しかったですが、全く不快感はありませんでした。(関西弁は関西の人から見て、不快感がある間違い方が多いので。)

 

阪急電車には準急とか言う快速列車があります。今もあるんですかね?

時間があればこちらもお越しください。

僕はこんなことを考えている「VIVAMOVIE」阪急電車

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